法雨禅寺

時間: 2020-10-28 作者: 普陀山佛教 ソース: 普陀山佛教网

光熙峰の下に位置し、後寺とも呼ばれています。

明の万暦8年(西暦1580年)、蜀僧大智が千歩砂の北に海潮庵を開創し、22年に海潮寺と改め、34年に「護国永寿鎮海禅寺」の横額を賜り、鎮海禅寺と名を改めました。清の順治から康熙の年代に何度か新築しました。康熙38年(1699年)、御内廷金を賜り続建設となり、金陵(南京)の明故宮を取り壊して圓通宝殿(又を九龍殿)として再建し、「天華法雨」の横額を賜り、「法雨禅寺」と改称しました。雍正9年(1731年)、御内廷から金を承り大改造しました。琳宮は光り輝き、巨大な寺院となりました。光緒年間に二度の拡大修缮が行われました。新中国成立前まで、長い間修造を怠っていましたが、1983年に大規模な修復が行われ、九龍殿、拝経楼が再建されました。1987年、天王殿の外に九龍壁と二棟の石経棟を新築し、1995年に蓮池の畔に石碑坊を建てました。殿堂楼閣は気勢に溢れてとても美しい仕上がりになりました。

法雨禅寺の中心線から、第一重は天王殿が五軒、東山門及び西山門が各三軒、東鐘楼及び西鼓楼が二階建造物で各三軒あり、康熙37年に建てられました。第二重は玉仏殿で五軒あり、康熙26年に建立され、雍正年間に御碑殿と改称されました。1989年に北京の永楽宮より高さ1.6メートルの「玉仏立像」を迎えて安置されております。第三重は圓通宝殿であり、別名「九龍殿」で、多層屋根の単層建造物で、屋根には黄色の瑠璃瓦が敷かれ、天井には円形の九龍が装飾されています。本殿には高さ6.6メートルの「毘盧観音坐像」が安置され、後壁には大型な「海島観音」及び「善財五十三群像」、両脇には「十八羅漢造像」が安置されております。殿外の石の柵にある「二十四孝図」の浮彫は、明の時代の貴重品です。第四重は、元は御碑亭三軒、今は「千手観音造像」(1988年作)が安置されております。第五重は大雄宝殿で五軒あり、「三世仏」が安置されております。清の康熙32年に建てられ、光緒5年に再建されました。大雄宝殿の東側は、元は準提殿三軒でしたが、現在は三聖殿と改められ「西方三聖」造像を安置しておられます。西側の元は伏魔殿三軒で、現在は関帝殿となっております。第六重は蔵経閣で七軒あり、階上に「印光法師記念堂」を設けています。階下は、中央に法堂、西側は正続堂、又を西方丈殿、光熙山房とも称され、東側は錦屏丈室と呼ばれ、東方丈殿とも呼ばれています。康熙26年に建てられ、光緒3年に再建されました。 今の法雨禅寺は国務院より全国の漢民族地区にある142箇所の特許開放寺院の一つに指定されています。また、2006年には国家級文物保護単位に指定されました。現在は殿宇が382軒あり、敷地面積は、33408平方メートル、建築面積は、15965平方メートルもあります。山に沿った六重構造の法が使われており、環境優雅で壮観な眺めです。